1. 光ピンセットで水滴を空気中に浮遊させる

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反射や屈折により光の進行方向が変化すると「放射圧」と呼ばれる力が発生します.対物レンズを通してレーザー光を水滴に集光した場合, レーザー光が水滴の表面で反射することにより生じる放射圧(散乱力)は,水滴を光の進行方向に押す力として働きます. 一方,屈折することによって生じる放射圧(勾配力)は,水滴をレーザー光の焦点位置へ引き込む力として働きます. 水滴の下方からレーザー光を集光し,水滴に働く重力と反対向きに光の散乱力を作用させて,それらのバランスを取ることにより, マイクロメートルサイズの微小な水滴を空気中に浮遊させることが出来ます.微小水滴を空気中に非接触で浮遊させ固体表面との接触を排除すると, ビーカーやフラスコを用いた実験では実現不可能な熱力学的準安定状態(過冷却・過飽和)の水滴を安定に保持することができます. マイクロメートルサイズのエアロゾル水滴は,自然界における雲粒(直径 〜 10 μm)のモデル反応系として大変重要です。 以下に,我々が手掛けている単一エアロゾル水滴のレーザー捕捉・顕微分光法の研究例とその特徴について紹介します。

2. 降雨・降雪の初期過程に関する研究

photo1 雲を構成する微小な水滴は,0℃以下の温度でも容易に凍結せず液体状態(過冷却)を保持しています.雲中で過冷却水滴が凝固すると,氷の蒸気圧は水の蒸気圧よりも低いため,氷晶は周囲の水滴から水分を奪うことにより結晶が大きく成長し,重力による落下と融解を経て雨となります.地表付近の気温が低く途中で溶けずに地表に到達するのものが雪です。したがって,過冷却水滴の凝固メカニズムの詳細を明らかにすることは,降雨・降雪の初期過程を理解するうえで大変重要です.しかしながら,微小な過冷却水滴は,固体表面に接すると直ちに凍ってしまうため安定に保持することが極めて難しく,今日でも凝固温度の溶質濃度依存性や水滴サイズ依存性は明らかになっておりません.我々は、雲の中で起こっている過冷却水滴の凝固と,その後の結晶成長のモデル系を,レーザー捕捉法を用いて光学顕微鏡下で人工的に再現することに成功しました.本実験手法を駆使して,過冷却微小水滴の凝固メカニズムに関する研究を行っています.

3. 光誘起微小水滴発生機構に関する研究

photo1 水蒸気が水滴へと相転移する為には,足場となる凝結核が必須です.これまで,自然界における主要な雲凝結核は,大気中に浮遊している吸湿性固体微粒子(塩化ナトリウム、硫酸塩類、土壌粒子など)であると考えられてきましたが,近年、吸湿性固体微粒子以外にも,光化学反応によって生成した様々な化学種が,雲凝結核としての役割を担っている可能性が指摘されています.しかしながら,その詳細な水滴発生機構は未だ解明されておりません.我々は,独自に開発したレーザー捕捉・顕微ラマン分光システムを駆使して,光照射により空気から微小水滴が発生する詳細な機構の解明を目指し研究を行っています.


4. 水滴の凝結成長速度に関する研究

photo1 気候変動予測のシミュレーション計算において雲粒の成長過程を数学的に記述する為には,気相から水滴表面に衝突した水分子(水蒸気)が水滴に取り込まれる割合「適応係数(α)」を定義する必要があります.これまでに様々な実験手法を駆使して研究がなされてきましたが,適応係数の文献値は,α= 0.004〜1までの幅があり,今なお議論が続いています.レーザー捕捉法を用いると,単一液滴を気相中に非接触で静止させることが出来るとともに,孤立した単一液滴への気相化学種の取り込みに関する議論が可能です.我々は,単一水滴レベルで水分子の水滴への適応係数を厳密に決定する研究を行っています.


5. エアロゾル水滴の光閉じ込め効果

photo1 レーザー捕捉法を用いてマイクロメートルサイズの微小液滴を気相中に非接触で静止させると,液滴は表面張力によりほぼ真球の形状を取ります.水の屈折率(1.3)は周りを取り巻く空気の屈折率(1.0)より大きいため,水滴内部で発した光が気/液界面において全反射を繰り返し,光は水滴内を周回し閉じ込められます.水滴内を光が周回した際に,一周の長さが光の波長の整数倍の条件を満たすと,光の位相が揃って強く共振します.したがって,気相中の単一水滴を分光計測した場合,ある特定の波長の光が強く増強されて鋭いピークがほぼ等間隔に観測されるという分光学的な特徴を有しています.この共振モードはWhispering Gallery Mode(WGM)と呼ばれます.WGMは水滴の屈折率と直径(d)を鋭敏に反映するため, ピークの位置と間隔を解析すると,水滴直径をナノメートルオーダーの精度で見積もることが出来きます.また,微小水滴内で全反射した光は,液滴の円周部分を周回することから,WGM共鳴は本質的に液滴表面から数マイクロメートルの空間領域おける情報を選択的に反映することになります.したがって,エアロゾル微小液滴の光閉じ込め効果に基づく,界面吸着化学種の高感度検出への応用が期待されます.